<Lily of the valley〜分かれ道>





セントビナーを脱出したアルビオール内では重い空気が漂っていた。
みんなから離れた俺が、しかも人助けをしたことが信じられないみたいだ。
信じられないのも当然かもしれないけれど。
そう考えて思わず微苦笑が漏れてしまった。するとティアが口を開いて俺に質問してきた。

「どういう風の吹き回しなの?」

「別に。セントビナーが崩落するって話しを訊いて、無視してるのも気分が悪いから今回は助けに行っただけだよ。そうでもなきゃ誰がこんなめんどくせぇことするかっての」

本当に面倒くさいんだとアピールするように髪をぐしゃぐしゃかき回して最後に舌打ちをする。ティアは呆れた、と呟いて俺から視線を外した。
俺も床を見下ろして誰とも視線を合わそうとしなかった。
重い空気が漂う。
その中へジェイドの低い笑い声が落とされた。

「自分の犯した罪を今更償おうとでも思ったのですか?今まで己の罪を認めようとしなかった貴方が、この先、本当に更正していくのですか?」

ゆっくりと顔を上げてジェイドを見る。ジェイドは赤い瞳でじっと俺を見据えていた。
気付けば、他のみんなも俺の答えを待っているかのように息を潜めていた。
俺はジェイドの問いに答えようと、口を開いた。だけど俺が音を発する直前、俺とジェイドの間にイオンが身体を滑り込ませて珍しく口調を荒げて言った。

「ジェイド、確かに貴方の言う通りルークは罪を認めようとはしていませんでした。でもそれは、本当にそ
うだったと、言い切れますか?」

貴方たちがルークをちゃんと見ていなかったのではないのですか?
鋭く急所を突くような発言だったのだろうか。イオンの言にジェイドの無表情の仮面が僅かに揺れた。
戸惑いを浮かべはじめた他のメンバーを見渡しながらイオンがゆっくりと言葉を紡いでいく。

「僕は、ルークを信じます。だってルークは、ルークは・・・―――」

「何言ってんの、イオン」

「・・・っ、ルーク・・・!」

俺はそれを遮った。
タルタロスの時と同じように。俺はイオンの言葉を遮って、人を嘲るような笑みを浮かべた。口端を軽く吊
り上げ、はっと嘲笑を漏らす。まるで馬鹿馬鹿しいとでも言うように。

「俺は変わらない」

俺の一言を最後に沈黙が流れる。
その沈黙が流れる中、ノエルの控えめな声が飛び込んで来た。

「みなさん、もうすぐユリアシティへ到着します」





*     *     *





操縦席付近でのやり取りを聞いて何度口を挟みにいこうと思ったことか。
フードを目深に被ったその下で俺は苦虫を噛み潰した顔をしてそんなことを考えていた。
自ら針の蓆にたつようなことを言って。本当に馬鹿だよなあ・・・。
でも大丈夫、大丈夫。
俺がお前を守るから。世界中が敵に回ったとしても。俺は絶対にお前の傍から離れない。
そして俺はお前が他人の為に自分自身の命を賭すことを選択したときは全力で止めてやる。
止めるなと言われてもな。お前に死んで欲しくないから。

俺の勝手なエゴで止めてやるよ。



テオドーロさんへ事情を説明してセントビナーの住人はユリアシティへ下ろされた。
不安げな表情で街へ歩いて行く集団に紛れて俺はゆっくりとした足取りで後ろの方を歩いていたが、やがて歩を止めた。
肩越しに後方を見れば、最後にアルビオールを降りたルークは先を行く仲間の姿を暫く見つめた後、ふっと視線を外すとアルビオールへ乗り込もうとしていた。
何も告げずに去るつもりなのだろう。
俺はふっと呼気を漏らすと、くるりと身体を反転させた。つまり、こちらに向かってきていたジェイドたちと向き合う形になった訳だ。
突然、フードを目深に被った得体の知れない人間がひとり佇んでいれば誰だって訝しむ。現にティアやナタリア、アニスが眉をひそめていた。
俺がフードを外すと、ティアとイオンが息を呑んだ。
イオンは俺が<ガイ>だと知っている。ティアはテオルの森で一度顔を合わせている。
二者の反応に他の三人が少し戸惑っていた。
そんなことを知らないルークはアルビオールの中へ姿を消そうとしていた。
カツン、とブーツの踵を鳴らして俺は歩き出す。
アルビオールを目指して。靡く朱髪を目指して。
途中、イオンが消え入るような声で俺を呼んだ。つぃと目を向けるとイオンは泣きそうな顔で、俺に近付くと両手を握り締め、手の甲へ額を擦り付けながら頭を垂れて声を搾り出した。

「お願いです・・・。彼を、ルークを、助けてください・・・!!!」

声を大にすることを極力抑えられたイオンの声は俺の耳にしか届かない。俺は目を細めて小さく微笑み、身を屈めて未だ頭を上げないイオンへ告げた。

「有り難う、イオン」

たった一言。俺が言うと、イオンはそろりと顔を上げた。
そして彼の目から溢れた涙が頬を伝い、地面へと落ちてゆく。涙を流すイオンに、俺は眉根を寄せて緑髪へ手を乗せた。それから警戒する仲間たちの間をすり抜け、俺は悠々とアルビオールへ向かう。そんな俺へジェイドが声をかけてきた。

「貴方はガイのレプリカですか?」

「・・・・・・さぁ、ね。何故そうだと思うんだ、死霊使い殿」

俺がやや間を置いて軽くおどけた調子に言うと、ジェイドは別に、とだけ返してさっさと歩き出した。それをきっかけに慌てて女性たちが追いかけて行くのを眺めてから、俺はふぅと吐息を零して髪を掻き揚げた。イオンがアニスに引き摺られながら必死に首だけで振り返っているので、苦笑しながら手を振った。大丈夫だから。と言う意味を込めて。
それがイオンに通じたかはわからないが、イオンはきゅっと唇を引き結ぶと、前をしっかりと向いて歩くようになった。
彼なりの覚悟が出来たのだろうか。

俺はパタリと手を下ろしてアルビオールへと再び歩き出す。
近付くにつれ、徐々にハッキリとルークの顔が見えてきた。



今にも泣き出しそうな表情を視界に映しながら、俺は口元を綻ばせた。



さぁ、まずは思い切り抱き締めてやろう。





みんなが街の方へ歩いていくのを最後まで見届けようとしてやっぱり止めて、アルビオールに引っ込もうとした。
その時に視界の端で何か引っ掛かるものを感じて俺は再度みんなの方へ目を向けた。

そこには

茶髪の男性が立っていて

ジェイドとやり取りをした後で俺の方へ歩いてきた。

あぁ、これは幻なのかな。
ローレライがちょっとした慰めとかで俺に夢を見せているのかもしれない。
目に溜まりだした涙のせいで視界がぐにゃぐにゃに歪んでよく見えない。本当、俺は泣き虫だ。
アッシュがいたらきっと呆れた顔して屑がとか言うんだろうな。

ガイがいたら・・・きっと、そう。

今歩いて来ているセイルみたいに眉尻を下げて笑うんだ。
そしてこう言うんだ。

「全く、いつまで経っても泣き虫だなあ、ルークは」

鼓膜を震わせて俺の脳へ響いてくる声はどこまでも本物だった。

「ガイ・・・」

「よぉ、元気に・・・してるわけ、ないか」

片手を上げて軽い挨拶をしてきたセイルは苦笑していた。俺の顔を見て苦笑したのかもしれない。
あまりにも懐かしいその表情に、ぼろりと涙が一滴零れた。

セイルが<ガイ>であることを確信して、はじめて顔を合わせた。

<ガイ>の仕草と表情がすごく懐かしかった。
髪の色が違っても、髪型が違っても。俺を映し出す深い海色の双眸は変わらなくて。
柔らかく眇められた瞳と、緩やかに刻まれた笑みに。

俺は、救われた気がした。

ガイは俺と一メートルくらい距離を離したところで立ち止まると、口を開いた。

「そういや、お前に直接言ってなかったことがひとつあったんだ」

「え・・・?」

「―――俺はいつだってお前の味方だからな、・・・ルーク」

「・・・っ、ガ、・・・イ・・!!!」

ガイはいつだって俺の欲しい言葉をくれる。
俺はタラップを蹴ってガイの胸元に飛び込んだ。

縋りつく俺を受け止めてくれたセイルからは俺の知っている<ガイ>の匂いがした。
俺の頭を優しくやさしく撫でてくれる手つきがガイのものと変わりなかった。



―――――夢じゃないんだ。



















次から話しが分岐しますー。
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         Guy×Luke Side

2008.04.13